きりんご的思考

無意識の 思考が一日(ひとひ)を 倍にする

年の取り方は人それぞれ

他人の年齢が分からないのは当たり前

 

この前、

「あの人25歳くらいかな~」

と思っていたら、実は37歳だと知って驚愕した。

逆に、42~43歳だと思っていた人が、実は34歳だった時もある。

 

その時考えたのは、

「近年、生活習慣が多様化してきて、一人ひとりの年の取り方が変わってきたからなのかもしれない。」

ということだ。

 

例えば、欧米の人は、日本人に比べて大人っぽく見えると言うから、

欧米風の生活をしている人は、日本の伝統的な生活をしている人よりも、老けて見えるのかもしれない。

他にも、身体的、精神的に苦労をした人は、すぐ老ける、というのも聞く。

 

ただ、これらの考え方は、

「もともと人は平等に年を取る」

つまり、

「一人ひとりの人間に流れる時間の速さは同じだ」

ということを前提としていると気づいた。

 

でも、人によって時間の流れ方は絶対に違うと思う。

精神的な「感じ方が違う」のではなく、物理的な「進み方が違う」のである。

 

人によって寿命が違う、ということは誰もが納得するだろうが、

その原因は、生活習慣や周囲の環境に左右される(後天的な)ものではなく、

遺伝子の違いによる(先天的な)もの、ということである。

 

つまり、

「私は27歳です。」

=「私は暦では27年生きましたが、それは私にとっての『27年』であって、あなた方が過ごしてきた27年と全く同じでなはく、もしかするとあなたにとっては『20年』であって、そちらのあなたにとっては『30年』かもしれません。だから、27歳だからといって『アラサーじゃん』だとか、『私より年下の割には老けて見えるわね』とか思われてもそれは当たり前のことであって、そんなことをいちいち他人に対して感じていても意味はないのです。せいぜい、『あ~この人は私よりも時間の流れ方が速いのね』とか思ってくれれば良いのです。一応、27回分の年を経験してきた、という基準として、『27歳です』と言っておきますね。」

ということである。

 

ちなみに、きりんごの考える、きりんごの年齢は、26歳である。

アラサーじゃん。